FC2ブログ


   緑内障、原因と対策
   緑内障は進行により視野が欠けていく目の病気です。 放置しておけば失明にもつながる恐ろしい緑内障の原因を知り、治療法・対策を学びましょう。

正常眼圧緑内障
緑内障の原因
緑内障名医を主治医に
緑内障と薬
緑内障名医と闘病記に記された真実
緑内障の手術と名医
緑内障の手術
正常眼圧緑内障に注意
緑内障の治療費はどれだけかかるか?
新しい緑内障名医ランキング
緑内障最新治療法は根拠を持っているのか?
緑内障の名医

 スポンサーサイト

緑内障で失明しないために

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


緑内障で失明しないために

 緑内障、はるかなる世界への船出

緑内障で失明しないために

緑内障になってから気持ちがふさいでいた。そんな時、休憩中の若い部下達が話しているのを聞いた。今人気のマンガらしい。

そんな話題になど、普段なら見向きもしないのだが、気弱になっていたからだろうか、部下に歩み寄っていた。

「それは、そんなに面白いのか?」

「ワンピースぐらいは読んでおいたほうがいいですよ。話題っていうより、常識ですよ。よかったら貸しますよ。」

なんだか部下からマンガを借りるはめになった。こんなことは初めてだ。それにしても、いざ読んでみると、緑内障の目には活字の本よりマンガの方が読みやすい。

海賊がオールブルーを目指し、さらにそのオールブルーを航海していく物語。

ずっと目先の問題にとらわれてきた自分とは違い、はるか先まで広がる海を航海していくルフィたちに好感を抱いた。

「いい年して」
家族にはそんな風に笑われたが、若者向けの漫画とはいえ、やはり人の心を動かすだけの力のある作品は違う。

いつか世界の果てまで船を出したい。そんな気持ちになった。

水平線を眺めながら生活していれば、眼にもいいだろう。老眼や近眼だけではなく、緑内障にもいいかもしれない。

そんなことを思いながら夢中になって読んでしまった。歳を考えると、ワンピースに、そしてモンキー・D・ルフィーに憧れている場合じゃないだろうとは分かっているのだが。

凄腕の剣士にして、世界一の剣豪を目指すロロノア・ゾロや、超絶蹴りワザの料理人サンジ、航海士ナミ、トナカイにして医者のチョッパー、決して口だけではない男ウソップ、考古学者であり消えない過去を背負うロビンという仲間達に加わった、造船技士フランキーが加わり、まさに最強メンバーとなった海賊達。

彼らよりはるかに年上でありながら、あれほどの仲間に恵まれることはなかった。今後もないだろう。緑内障で弱気になっているところは否定できないにしても、こうも心を揺さぶられるのはなぜだろう。

若者達もまた、人生の閉塞感を味わい、このワンピースという漫画に水平線のその先へと広がっていく世界を見ているのだろうか?緑内障や白内障なんて関係のない、それどころか老眼でさえない若き眼で。

水平線なんて見たこともない。ずっと会社勤めをしてきて、自由な人生だって経験したことがない。家族もいるし、引越しすら自由にはできないのが現実だ。

別に家族がいることに文句をいうつもりもないし、むしろ妻も子供も大切な存在だ。ただ、漫画ワンピースの世界に魅かれてしまったのも事実だ。

ロロノア・ゾロのように世界の頂点を目指すのもいいだろう。私は会社のトップになれる可能性もない。ルフィーのように仲間を守るために戦うのもまた、素晴らしい。わが身を振り返れば、戦うなんていうことは日常の中に存在していない。

巨大な海洋類の襲撃なんていうこともない。俺の人生は一体なんなのだろう。必死で生きてきたのに、振り返ってみたら、これといってなにも残っていないのか。

どこまで行っても船長にはなれない。なんだか空しい。会社勤めのビジネスマンのなれの果てという気がした。

そうはいっても、実際に海に自由があるわけでもないだろう。各国それぞれの港で規制もあるし、実際のところ航海ルートにだって縛りをかけられる。

ビジネスもいいものではないが、職業を変えたところで大した違いはないということか。ビジネスという大海原も、実際の海も同じなのかもしれない。

それにしても、サンジのムラの多さは何なのだろう?ルフィー一行の主力として活躍するかと思えば、格下の相手に惨敗したりする凄腕コック。ここしばらく、なんだかまともな活躍をしていないような気がするし、すっかりロロノア・ゾロとは差をつけられている感がある。

2人のライバル関係はそろそろ無理が出てきたのだろうか?


緑内障で失明しないために

 緑内障で神頼み

緑内障で失明しないために

緑内障について書かれた文献を色々と読み漁ってみた。かすむ目で慣れない医学用語など読んでいくのは正直辛い。目と頭が老化しているのを如実に感じた。

どうもよくわからない。結局、どうしたらいいんだ?緑内障が完治する治療法はどんな方法なんだ?

緑内障で手術をしなくてはいけないのはどんな場合で、どうしたら手術の必要がなくなるんだ。

こんなとき、小島ヨシオなら「でもそんなの関係ねえ。でもそんなの関係ねえ」と吹き飛ばしてくれるのだろうが、ここに小島ヨシオはいない。私は小島ヨシオでもない。

肉体派芸人を装いながら、実は早稲田大学出身の小島ヨシオとはまるで違うのだ。

くよくよするなと言われて、元気でいられるわけがない。診断結果は緑内障、でもそんなの関係ねえ。そんなの関係ねえ。とはいかない。

大いに問題だ。私にとっては避けられない問題だ。困った人間がすることなんて昔から決まってる。神頼みだ。

無宗教でありながら、自分の都合が悪くなると神にすがってみる、結婚式はキリスト教でも、葬式は仏教や神道にのっとるような、典型的な日本人の行動だ。

しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。私は、失明という危機を控えた緑内障患者なのだ。世界が闇に包まれる失明を前に、冷静でなどいられるわけがない。

手を組んでみたり、念仏の真似事を唱えてみたり、そもそもどの宗教を信仰しているのかもわからないまま、ただ神頼みをしてみた。

緑内障が完治するように。せめて、これ以上悪化しないようにと。

それが果てしなくムダで空しい行為と知りつつも、そうでもしなくてはこの失明の不安や孤独には耐えられなかった。

神社が見つかれば手を合わせ、寺の境内でわけもなく立ちすくむ。それは失明することない生活、暮らしへの執着であり、欠けることない体の完全性を保った人生の継続への願いでもあった。


緑内障で失明しないために

 緑内障に揺れる

緑内障で失明しないために

元上司とのゴルフの日取りが決まった。もう2人、知り合いを連れてくるということだったが、それ以上詳しいことは聞かなかった。

当日になれば分かることだしかまわないだろうというぐらいにしか思っていなかったし、それ以上とくに期待も不安視もしていなかった。

パソコンの画面がかすむ。加齢だけで考えても自然なことだが、こんな些細なことがひどく気になる。

これも、緑内障のせいではないのか?そんな疑問が絶え間なく襲ってくる。

「あの、最近、大丈夫ですか?目をしばたたかせてることが多い気がするんですけど・・・」

部下の相澤だった。お局的なポジションの彼女から、こんな言葉が出てくるとは意外だった。もっとも、抑揚のない事務的な話し方ではあったが。

「いや、大丈夫だよ。老眼かな。まあ眼鏡がいらないだけ御の字だよ。」

「そうですか。それならいいんですけど。」

部下に自分が緑内障とは言えない。別にそう告げてもいいのだろうが、心のどこかでブレーキをかけてしまう。

年齢からして、体が健康そのものというのも不自然だ。どこかしらガタがきてるくらいは当たり前なのだが、この緑内障という病気を口にするのをためらってしまうのは、やはり心の整理がついていないからだろう。

軽口を叩けるようなものではないのだ。

もっと奥深くにある不安。これまで大した病気もしてこなかったために、いい年していまだ空気や水のように当然のように思っている健康を失い、失明の危機にある自分にとって、緑内障という病気はあまりにも深刻でデリケートすぎる。


緑内障で失明しないために

 座頭市はなぜ失明したか?

緑内障で失明しないために

座頭市は盲目の侍だったが、失明の原因はなんだったのか?意外と緑内障だったりするのか?

ふとそう思ってTSUTAYAに行ってみた。近所にありながら、初めて店内に入る。映画コーナーから、北野武監督のコーナーを見付け、座頭市を見つけた。

会員証を作成して、レンタルしようとしたら、年会費不要のキャッシュカード機能付きの会員カードと、キャッシュカードなしで年会費がかかる会員カードとの選択を迫られた。

面倒なので、年会費不要のキャッシュカード機能付きの会員カードを選んだ。

家に帰り、座頭市の映画を見ていた。カンヌやベネチア映画祭でいくら話題になろうと、北野映画を見るのはこれが初めてだった。

「へえ、めずらしいわね。あなたがわざわざ映画を見るなんて。」

後ろから妻の声が聞こえた。空返事で右から左へ受け流した。ムーディー勝山のように受け流した。

私は食い入るように映画に見入っていた。座頭市は緑内障だったのか?

映画の最後で答えは出た。座頭市は目が見えた。見えないふりをしていただけだ。失明の理由などなかったのだ。

ほっとしたような残念だったような、なんだかわからない気分だった。ひとまず、座頭市は緑内障ではなかった。

「どうしたの?そんなに疲れた顔して?」

「いや、ちょっと気になったことがあって。なんでもないんだ。」

「そう。でも大丈夫。そう簡単に目が見えなくなるなんていうことはないわよ。」

妻には見透かされていたようだ。わずかに感心のずれ始めた世界。目が見えなくならなくても世界の見え方は変わっている。

武士の一分で木村拓哉が演じた侍も盲目だった。盲目の侍というのは時代劇における重要なテーマなのだろうか?

せっかく会員カードも作ったのだし、明日はTSUTAYAで武士の一分でも借りてこようか。

木村拓哉はなぜ失明したのか?盲目になるかもしれない者としてはとても気になることだった。

傷を舐め合うだけでも、仲間がほしい。


緑内障で失明しないために

 緑内障と家族

緑内障で失明しないために


緑内障でグリーンか、なんだか悪ふざけのブラックユーモアみたいだな。

会社を出て家へ向う道すがら、そんなことに気付いて苦笑いをした。

―ゴルフか。目のことは置いておくにしても、ちゃんとできるのか?

加齢と運動不足にさらされた体では、どれだけのことができるかは疑問が残っている。

それはそれでいい。もうスコアを競う若さや勢いはない。純粋に楽しんだらいいさ。

ゴルフのことを考えていたら、自然と緑内障や失明の不安から意識が離れていた。それだけでも元上司に会いに行った価値はあっただろう。それに、人に話したことで気持ちもずいぶん楽になった。

しかし、とふと考えてしまう。元上司はすい臓がん。命への影響の重大さという観点では、自分よりも深刻な状況にある。のんきに相談をしている場合じゃないのではないか?むしろ、自分がいたわる立場にならなくてはいけないのではないだろうか?

そんなことを考えているうちに、家に着いた。何事もない様子で家に入ろう。緑内障の告知以来、家庭では平静を装うことが習慣になっている。

家族には心配をかけたくはない。緑内障で苦しむのは自分ひとりでいい。

それが片面で独りよがりな思い上がりであることは承知している。それでも、家族に辛い顔を見せるのは忍びない。平気な顔をしていたいんだ。

引越しでもして、気持ちの整理がつくまで一人暮らしでもしたいような気もするが、もうそんなわがままが通じる年齢でもない。

若手のビジネスマン達のようにはいかない。ビジネスでもプライベートでも、ベテランとしての道を歩まなくてはならないのだ。

ゴルフはいつまでたっても下手だけど。そんなことに思い当たり、思わず苦笑いしながら帰るべき我が家に帰った。

何も変わらない家族がそこにいることが嬉しい。そうじゃなければ、気持ちがダメになってしまっていたのかもしれない・・・。


緑内障で失明しないために

 元上司のすい臓がん

緑内障で失明しないために


「すい臓がんなんだよ。転移の仕方によっては命を落とすかもしれない。それでも、ガンならよかったか?」

「すいません。そんなつもりじゃなかったんです。」

驚いた。まさか目の前にいる元上司がすい臓がんを抱えていたとは。たしかに定年間近でいい年になるが、見た目には健康そのものなのに。

「こんあことになるとは思ってなかったよ。おかしな話だよな。もう歳も歳なんだから、いつ死ぬような病気になったっておかしくないのに、それでも病気ってやつはなるまで現実感がないんだよな。ガンになって、初めて健康のありがたみがわかるんだよ。」

思い当たるふしは大いにあった。緑内障になるまで、自分も失明するかもしれないなんて考えたことはなかった。緑内障、すい臓ガン、失明、ガン細胞の転移、死。様々な言葉が頭の中で渦巻く。

「いきなり緑内障なんて診断されたら、それは同様するよ。でも、諦めてどうする。最悪、失明するとしてもまだ先だろ。備えは十分できる。目が見えなくたって生きてはいけるんだから。俺みたいに死んじまうかもしれないわけじゃないだろ。」

「そんなに悪いんですか?」

まさか相談を持ちかけた相手が、自分より深刻な健康状態にあるとは思ってもいなかった。

「お前と同じだ。悪化すれば命を落とすかもしれないけど、今のところは可能性だけだ。日常生活に不自由もない。強力な抗ガン剤ではげてるわけでもない。」

そう言うと、かつての上司は自分の頭を叩きながら、少年のような笑顔を浮かべた。抗ガン剤など関係なく、かつて同じ営業部で働いているときからだいぶ薄くなっているハゲ頭を強調しながら。

思わず笑ってしまった。それにしても、すい臓なんていう深刻な病気を抱えながら、どうしてこの人はこんなに陽気でいられるのだろう。意識的になのか、それとも性格によるものなのか?

「まあ、すい臓がんって分かってから、食事には気をつけるようになったけど、ゴルフもまだやるし、どうってことはないよ。そんなもんだって。俺もお前ももう若くないんだし、病気と共存することを考えなくちゃいけないのかもしれないな。お前は、ゴルフはどうなんだ?」

「いや、相変わらずです。というより、最近はしばらく離れていたので、昔より下手になってるかもしれませんね。」

「そうか、緑内障か。視力は悪化してるのか?」

「いや、それがそうでもないんです。眼圧が上がったり視野が狭まったりはしてるんですけど。」

「そうか、じゃあ久々にゴルフでも行くか。すい臓がんと緑内障の患者がそろってグリーン上に立ってゴルフって言うのも悪くないだろ。」

いつの間にか、ゴルフに行くことになっていた。緑内障と診察されてから、無気力気味だった気分を転換させるにはいいかもしれない、淡い期待をもってかつての上司の誘いに応じることにした。





緑内障で失明しないために

 緑内障の告白

緑内障で失明しないために



「緑内障らしいんです。もしかしたら、いずれ失明するかもしれません。」

久しぶりにやってきた突然のかつての部下の申し入れに、亀梨さんも驚いている様子だった。それはそうだろう。いまや彼もまた、社内でそう恵まれた立場にいるとは言えないのだ。

そこに元部下がやってきたと思ったら、緑内障なんていう病名を口にしたのだ。医者でもない彼にとっては、意外だっただろう。

しかし、彼の口から発せられた言葉もまた、私にとって予想外のものだった。

「失明の危機なのか?」

まだ眼病であることも言っていなかったが、緑内障が眼病であることが彼には伝わったらしい。

「将来的には、という段階ですが、もしかしたら。」

「そうか、実は私の知り合いにも緑内障の人間がいてね。まさか、君もか。」

俺が思っている以上に、緑内障という病気は世間に浸透しているのかもしれない。まさかこうも簡単に緑内障を知る人物に当たるとは。

「それで、その人はどんな風になっているんです?まさか、失明とか?」

「いや、ちゃんと見えてるよ。ただ、視野狭窄にはなっているらしい。それでも生活の不便は感じていないような話だったね。何か見え方がおかしいような気がして、念のため眼科に行ってみたら、緑内障で視野が欠けているという診断を受けたらしいんだ。」

「それはいつ頃の話ですか?」

「去年か、ひょっとしたらおととしかもしれない。なんにしても、失明の心配はしていないようだった。」

「そうでしたか。それならいいんですが・・・。」

「君の病状は深刻なのか?」

「いえ、まだ視野が欠け始めたというだけで、失明というのはあくまで将来的に可能性があるというだけの話らしいです。」

「そうか。それならあまり深く考えすぎないほうがいいだろう。ストレスも体に悪いからな。」

「たしかにそうですね。ただ、正直気になるんです。もし、目が見えなくなったりしたら、これからの人生はどうなってしまうんだろうと思うと、最近おかしくなりそうで。こんなことなら、いっそガンにでもなってしまえばよかったのに。」

「バカなことを言うもんじゃない!ガンだって大変なんだ!」

普段は温厚な亀梨さんにしては妙に迫力のある言葉だった。なにか事情があるとしか思えないような。


緑内障で失明しないために

 緑内障、告知

緑内障で失明しないために

緑内障という診断だった。失明の危険もあるらしい。

意味がわからなかった。世界が暗黒に包まれるかもしれない。そんなこと考えたこともなかった。目なんて見えて当然のものだろう。

大体、緑内障ってなんだ?年齢とともにかかりやすいい病気らしいが、聞いたこともない。

病気になんてこの歳になるまでかかったこともないのに。いくら世間でメタボリック・シンドロームが騒がれても、そこまで深刻な肥満でもないし、ドロドロ血でもないと健康診断では医者に判を押されていた。

それなのになんで失明の危機になんてさらされなきゃならないんだ。

医者の宣告は冷酷だった。医者にとってはこんな告知は日常茶飯事なのだろうから、それもしかたないといえば仕方ない。

医師に顧客サービスの何たるかを説いて回る気もない。それでも、あの冷淡な態度はないだろう。まったく興味がないことをあそこまで前面に押し出す必要がどこにあるのだろう。

ガンのような命に関わる病気ではないにしても、失明が人生に及ぼす影響なんて人間なら誰だって分かるだろう。告知なら告知で作法というものがあるはずだ。

緑内障という眼病。目の前どころか目の中にある病気。いったいオレの何が悪くてこんなことになり、こんな医者に出会ってしまったのか?これはドクハラというやつに当たらないのか?

無関心が暴力になるということを、緑内障とドクハラを通じて始めて知った。

この医師にプロ意識があるのかどうかはわからない。しかし、いわゆる温かみのある町医者的なプロ意識がないのは間違いのないことだろう。

こういう頭でっかちの医者がドクハラをして問題になったりするのだろう。

人の人生の大切な局面でこれほどの事務的な処理ができるのもある意味では才能かもしれない。感情の揺れをみじんも見せることなく告知を済ませることができたのだから。

とにかく、こうして緑内障患者としての人生は始まった。






緑内障で失明しないために

copyright © 2005 緑内障、原因と対策 all rights reserved.


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。